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東京地方裁判所 昭和33年(行)29号 判決 1959年10月28日

原告 甘糟産業汽船株式会社

被告 東京国税局長 外一名

訴訟代理人 真鍋薫 外二名

主文

被告東京国税局長が原告に対し昭和三三年一月一三日付でなした原告の昭和二六事業年度分青色申告書提出承認の取消処分に対する審査請決の棄却決定はこれを取消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告東京国税局長との間に生じたものはこれを二分し、その一を被告東京国税局長の、その余を原告の各負担とし、原告と被告芝税務署長との間に生じたものは原告の負担とする。

事実

(双方の申立)

原告は「原告の昭和二六年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下昭和二六事業年度という)以降の事業年度につき被告芝税務署長が原告に対し昭和三〇年五月付でなした青色申告書提出承認の取消処分及び被告東京国税局長が原告に対し昭和三三年一月一三日付でなした原告の昭和二六事業年度分青色申告書提出承認の取消処分に対する審査請求の棄却決定はいずれもこれを取消す、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決を求め、被告らは「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

(請求原因)

一、原告は船舶解撤、故鉄販売等を業とする株式会社であるが、昭和二五年四月頃所轄税務署長に対し青色申告の承認を申請したところ、同年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度中に、これに対する承認も却下もなかつたので、右申請は承認されたものとみなされ、同事業年度は青色申告書により申告納税した。以後の各事業年度についても原告は青色申告書により申告納税してきた。

二、ところが所轄の被告芝税務署長は昭和三〇年五月付で原告の昭和二六事業年度以降につき青色申告の承認を取消し、同年六月一日これを原告に通知した。これに対し原告は同月二二日被告東京国税局長に対し異議申立をなしたが、同被告は昭和三三年一月一三日付で審査請求棄却の決定をなし、同月一七日これを原告に通知した。

三、しかし原告会社としては帳簿書類も完備しており、その他その記載事項の全体について真実性を疑うに足りる不実の記載等なく、従つていかなる理由で青色申告の承認を取消されたか確知できないが、いずれにしても被告らのなした処分はいずれも違法であるからその取消を求める。

(被告らの答弁及び主張)

一、請求原因第一、第二項の事実は認める。但し、原告が青色申告承認の申請をしたのは昭和二五年二月一八日である。

二、原告は法人税法第二五条第六項の規定による青色申告承認により昭和二六事業年度分法人税について確定申告書を昭和二七年二月二九日所轄税務署長に提出した。しかし東京国税局収税官吏において調査したところ、原告は昭和二六事業年度の帳簿書類に

一、貸借対照表勘定

(一)  資産の部

1、船舶、2、機械工具器具、3、作業部、4得意先、5、銀行預金、6貸付金、7、未収入金

(二)  負債の部

1、借入金、2、仮受金、3、未払金、4、別途積立金、5、預り金、6、前記繰越

二、損益勘定

(一)  利益の部

1、売上、2、雑収入、3、期末たな卸

(二)  損失の部

1、期首たな卸、2、作業経費、3、営業費

の各勘定科目にわたり、取引があるのにかかわらず記載せず、又は真実と異なる記載をしており、結局その帳簿書類全体について真実性を疑うに足る不実の記載があることを認めたので、芝税務署長は、原告主張の日に、法人税法第二五条第七項第三号(現行法第二五条第八項第三号)により、昭和二六事業年度にさかのぼつて青色申告の承認を取消したものである。したがつて右取消処分及びこれを認容した東京国税局長の審査決定はいずれも適法である。

三、原告が右帳簿書類に取引を隠ぺいし及びこれを仮装して記載したもののうち、顕著なものを例示すると、次のとおりである。

(一)  銀行預金勘定(記帳していないもの)

(銀行名)     (預金の種類)(名義人)(昭和二六、一二、三一現在額)

三井信託銀行本店    普通預金  清水つる     三、三八五円

第一銀行横浜駅前支店  〃     清水幹夫       四八〇円

三菱銀行大森支店    〃     尾上豊子    八五、〇七三円

横浜興信銀行妙蓮寺支店 〃     清水つる  三、八〇〇円五〇銭

〃      戸部支店 〃     高橋二郎       五八七円

三菱銀行大森支店   日の出定期  尾上豊子     五、〇〇〇円

第一銀行横浜駅前支店  普通預金  興津三郎    四三、七五〇円

三菱銀行横浜駅前支店  〃     高橋勇次     三、九二九円

〃           〃     甘糟浅五郎    七、三三九円

〃          日の出定期  高橋勇次 六、〇〇〇、〇〇〇円

〃           普通預金  興津富次   一八七、五〇〇円

〃          日の出定期  高橋勇次 四、〇〇〇、〇〇〇円

(二)  得意先勘定(記帳していないもの)

(相手方)              (昭和二六、一二、三一現在額)

東京都中央区銀座西五の五 株式会社内田商店    六〇〇、〇〇〇円

横浜市南区日枝町一の一  三星金属株式会社    一一七、五三〇円

横浜市西区北幸町二の九九 亀崎鉄工所        一八、〇〇〇円

(三)  貸付金勘定(記帳していないもの)

(相手方) (昭和二六、一二、三一現在額)

東京都中央区宝町一の一  甘糟林業株式会社  二、九三一、三〇〇円

(四)  未払金勘定(記帳していないもの)

(相手方) (昭和二六、一二、三一現在額)

東京都中央区日本橋宝町三井ビル

東洋海運株式会社  三、〇〇〇、〇〇〇円

(五)  借入金勘定(真実と異なる記帳をしているもの)

(銀行名)  (昭和二六、一二、三一現在記帳額) (同上現在正当額)

横浜興信銀行妙蓮寺支店 四、〇〇〇、〇〇〇円         〇円

千代田銀行大阪南支店 一八、〇〇〇、〇〇〇円 一、〇〇〇、〇〇〇円

(六)  預り金勘定(記帳していないもの)

(相手方)(昭和二六、一二、三一現在額)

甘糟浅五郎      一一六、七〇〇円

大安興業株式会社     三、九七八円

甘糟豊太郎      一五七、五〇〇円

(七)  売上勘定(記帳していないもの)

(取引年月日)   (売上先)         (金額)

昭和二六、五、 七 三東製鋼株式会社   二、一三〇、〇〇〇円

〃   九、 四 株式会社鈴恭商店   三、〇〇九、三〇〇

〃   八、一一 日新商事株式会社     五二〇、〇〇〇

〃   九、一一    〃         四〇〇、〇〇〇

〃    〃      〃         一八九、〇〇〇

〃  一一、一〇    〃         二八七、四〇〇

〃  一二、一九 三星金属株式会社     一一七、五三〇

〃  一〇、二二 在原商事株式会社     七五二、二五〇

〃    〃      〃         七三六、七二五

〃  一二、 七    〃         八四八、三八〇

〃    〃      〃         一七三、二六四

〃    〃      〃           二、一〇〇

〃  一一、二七 藤田商事株式会社     四三一、三二五

〃  一二、三一 株式会社鈴木商店     六八一、二九五

〃   八、 九 作久間印刷所     一、二五〇、〇〇〇

〃  一〇、一〇 株式会社松村商店      二一、七五〇

〃   六、一二 楠原金属株式会社     一三一、九二〇

〃   六、 二 亀崎鉄工所        一六〇、一四〇

〃   六、二〇    〃         一五九、二〇〇

〃   七、二三    〃          八三、三六〇

〃  一〇、一八    〃          二〇、〇〇〇

〃  一二、二一    〃          二八、〇〇〇

〃  一〇、三一 八重州商会        四〇〇、〇〇〇

〃   六、二〇 窪田武次郎        二八二、一五〇

〃  一一、二四 株式会社内田商店   一、二六一、九五〇

〃   三、 八 株式会社尾関商店   一、〇〇〇、〇〇〇

〃  一一、二一    〃         七三六、五〇〇

〃   五、一一 関東特殊製鋼株式会社 一、五六九、二五〇

〃   五、一二    〃       二、八九四、七五〇

〃   五、二三    〃         二〇七、一〇〇

〃  一二、三一 岡本周三商店        一六、五六〇

〃   四、三〇 日大製鋼所        一〇二、七〇〇

〃   五、一七    〃          九七、九二〇

〃    〃      〃         一三五、〇四〇

〃  一二、三一 大洋石綿株式会社   一二、六〇七、五〇

〃   六、 二 加商株式会社       一〇七、〇〇〇

〃   五、一六 株式会社小森商店   一、九七七、七五〇

(八)  作業経費勘定(記帳していないもの)

(支払年月日)   (相手方)          (金額)

昭和二六、二、一六 山田商店          三八〇、〇〇〇円

〃   四、三〇 阪東商店          三五〇、〇〇〇

〃   五、 一 宮川商店          五〇〇、〇〇〇

〃   六、二八    〃           一一、三八〇

〃   九、二五 東洋海運株式会社    二、〇〇〇、〇〇〇

〃  一二、三一    〃        三、〇〇〇、〇〇〇

〃  一一、一二 日本砂鉄鋼業株式会社  一、一〇〇、〇〇〇

〃  一二、三一 日本高周波鋼業株式会社 一、五〇〇、〇〇〇

〃    〃      〃  二、五〇〇、〇〇〇(期末未払分)

〃  一二、二五 小滝商店        一、四〇〇、〇〇〇

四、なお、昭和二六事業年度において、原告が備付帳簿書類に取引の実際どおり記載していなかつたことは、前記調査にもとずく芝税務署長の更正処分後原告もその事実を認めているのであつて(乙第二、三号証参照)、このことからみても、右の各処分が違法でないことは明らかである。

(被告らの主張に対する原告の答弁)

一、原告会社の代表取締役である甘糟浅五郎は横浜有数の実業家として大正年代より数多くの企業を主宰したが、昭和一八年に企業整備により、半時経営していた甘糟産業汽船株式会社が、東洋海運株式会社に吸収合併された際、会社の特殊譲渡の代金として金八百万円の支払をうけた。その後右浅五郎は昭和一九年、原告会社の前身である甘糟海事工業株式会社を創立し、その資本金として前記八百万円の内金三百万円を出資したが、当時残額金五百万円やその他の巨額の資本金及び個人資材を、個人資産として所有し、これをもつて、右会社とは別個に、個人として鉄、非鉄類のスクラップ等の金属類や食料品、繊維類を買付け、値上りを待つて換金する事業を営んだ。その概略を述べれば、終戦前に取得したもの約三百万円、昭和二〇年中に取得したもの約二百万円、昭和二一年中に取得したもの約八百五十万円同年中に処分したもの約一千万円、昭和二二年中に取得したもの約千三百五十万円処分したもの約一千万円、昭和二三年中に取得したもの約八百万円処分したもの約二千五百万円、昭和二四年以降に取得したもの約千二百万円同年中に処分したもの約三千五百万円、昭和二五年中に処分したもの約三千二百万円、昭和二六年中に処分したもの約三干万円、昭和二六年末未処分在庫高約一億円に及んだ。そのようなわけで、被告主張の各勘定科目についての各取引分の明細も、すべて右甘糟浅五郎個人の取引分から派生したもので、原告会社の取引とはなんら関係がない。浅五郎の個人取扱品目は、スクラップのように原告会社の取扱品と同一品種に属するものが相当あつたため、外部の者からは判然区別しにくいかもしれないが、あくまで別個の取引であるから、右個人取引分を記帳しなかつたからといつて原告会社の帳簿としての記帳に欠けるところはない。

二、原告会社は、税務当局の誤解から巨額の更正税額その他の制裁金を課せられた。これに対し原告会社は前記諸事情卒.説明したが、税務当局は、最後まで、個人事業は認めないといつて譲らず、個人法人を合算した決算表を作るよう強く指示されたので、浮沈の瀬戸際にあつた原告会社としては、十分事情も分らないまま、指示されたとおり個人法人を合算した決算表を新たに作成提出したのである。原告会社が、帳簿の不実記載の事実を自ら認めた旨の被告らの主張は、右の事情を指しているのであり、したがつて、このことをもつて原告が不実記載を自認したとするのは当らない。

三、被告芝税務署長のなした青色申告承認取消処分の通知書には、処分の理由が記載されていない。しかし、いつたん青色申告の承認がなされた以上原告は青色申告書提出による税法上の種々の利益を亨受する権利を取得するから、この既得の権利を左右するおそれがある処分をするについては、十分原告を首肯させる理由を付記するとともに、右理由を正当づける客観的事実が存しなければならない。それゆえ、なんらの理由も記載されてない本件取消処分はその点において違法である。右理由を付記しなければならないゆえんは、さらに、もし理由の付記がないと、これを受取つた者としては、いかなる理由で取消処分をうけたのか知るに由なく、したがつて不服申立をするにあたつて、法で要求されている不服事由の記載をなすことができないから、裁決庁としても原処分庁の提供する資料のみに基いて判断せざるをえないわけで、とうてい公正な裁決を期待し得ないことになるからである。

四、被告東京国税局長のなした審査決定の通知書には、棄却の理由として、「貴社の審査請求の趣旨、経営の状況、その他を勘案して審査しますと、芝税務署長の行つた青色申告届出承認の取消処分には誤りがないと認められますので審査の請求には理由がありません」と記載されてあるだけであつた。しかし右の理由は抽象的で、原告をして十分理解せしめるに足る具体的理由とはいえないから、法の要求する理由の付記あるものとはいえず、したがつて本件審査決定はこの点において違法がある。

証拠関係<省略>

理由

一、原告の請求原因第一、第二項の事実は、原告のなした青色申告承認申請の月日の点を除いては、当事者間に争ない。そこで被告らのなした処分の適否について考えてみる。

二、被告芝税務署長のなした青色申告承認の取消処分について。

被告が主張する銀行預金、得意先、貸付金、未払金、預り金、売上、作業経費の各勘定科目に関する各取引を、原告会社がその昭和二六事業年度の帳簿書類に記帳せず、また、借入金勘定に関する取引について、被告主張のように記帳したことは、いずれも原告の明らかに争わないところである。ところで原告は右記帳外の取引について、これらはいずれも原告会社の代表取締役である甘糟浅五郎の個人としての取引であるから、原告会社とは無関係であり、これを記載しないからといつて原告会社の帳簿の記帳に欠けるところはない旨主張するのであるが、証人平塚和一の証言によれば、右記帳外の取引のうち、昭和二六年一〇月二二日頃在原商事株式会社に対する会計一四八八、九七五円の売上げ、および同年九月四日頃株式会社鈴恭商店に対する三〇〇九、三〇〇円の売上げは、その額の当否はともかくこれに対する領収書は原告会社の使用人の個人名義で出されている(乙第四号証、同第五号証の一、二)が、真実は原告会社の取引に属するものであることが推認され、さらに、前記平塚証言および成立に争ない乙第六号証の一ないし四、同第八、第一〇、第一一号証によれば、右認定のほかにも、原告会社として銀行預金勘定、売上勘定などに相当記帳洩れがあり、借入金勘定に架空の借入金が計上されていたことがうかがわれるのであつて、甲第五ないし第九号証、乙第七号証および証人片山松太郎、同細田重良の各証言中右各認定に反する部分は、前掲各証拠に照しにわかに信用できず、他に右認定を左右するにたる証拠はない。してみると、原告会社の昭和二六事業年度の備付榎簿書類には、全体として真実性を疑うにたる不実の記載があると認むべきであるから、これを理由に法人税法第二五条第七項第三号によつて被告芝税務署長のなした本件青色申告承認の取消処分(本件取消処分が上記法案によるものであることは弁論の全趣旨により認めることができる)は違法でないというべきである。

原告は、本件取消処分には処分の理由の記載がないからその点において違法であると主張すると、成立に争ない甲第二号証(青色申告提出承認の取消通知書)によれば右主張のように処分の理由の記載がなされていないことが明らかであるが、昭和三四年法律第八〇号による改正前の法人税法のもとにおいては、青色申告承認を取消すばあい政府は単に取消の旨を相手方法人に通知すればたり、必ずしも右通知に際し取消の事由を明らかにすることは要求されていなかつたものと解すべきであるから、もとより原告主張のようにこの段階ですでに取消の事由まで明らかにされることは青色申告納税者の既得の権利をより確実に保障するゆえんで望ましい取扱いというべきことはもちろんであるけれども、取消の事由の通知がなかつたことをもつて直ちに違法であるとまではいうべきでない。

三、被告東京国税局長のなした審査決定について。

審査決定につきこれを棄却する決定には、その通知書に理由を付記しなければならない。右理由の付記を欠く通知は法定の要件を欠く違法なものであり、通知にかかる瑕疵がある場合当該審査決定は取消を免れないものというべきである。そして、右通知書に理由の付記を要するとされる趣旨は、審査決定がいかなる根拠に基いてなされたかを具体的に明らかにすることにより審査決定の公正を保障するとともに、無用の争訟を未然に防ごうとしたものと解すべきであるから、理由付記の程度もこれに応じ、原処分を正当として維持したその判断の根拠を具体的に記載すべきものと解するのが椙当である。ところで、本件審査決定の通知書には、その理由として「貴社の審査請求の趣旨経営の状況、その他を勘案して審査しますと、芝税務署長の行つた青色申告届出承認の取消処分には誤りがないと認められますので審査の請求には理由がありません」と記載されていたにすぎないことは、成立に争ない甲第四号証(審査決定通知書)により明らかであるが、右記載は抽象的でなんら具体的に処分の正当性を明らかにしていないばかりでなく、原取消処分が法人税法第二五条第七項列記のいずれに該当するものとして維持しうるのかさえこれを明らかにしていないから、原告会社としては、結局原取消処分の事由さえ知ることが出来ないわけでしたがつて右記載は理由の付記としては不備なものといわざるをえない。よつて本件審査決定はこの点において違法というべきである。

四、そうすると被告芝税務署長のなした青色申告承認の取消処分は違法でないから、同被告に対する原告の請求は失当として棄却すべきであるが、被告東京国税局長のなした審査決定は違法であるから、その取消を求める原告の請求は理由がありこれを認容すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条本文第九三条第一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 桜井敏雄)

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